『成瀬は天下を取りに行く』を読んで考えたこと

『成瀬は天下を取りに行く』は、2024年の本屋大賞を受賞した作品である。この作品のヒットを受けて、『成瀬は信じた道を行く』『成瀬は都を駆け抜ける』と続編が刊行され、いわゆる「成瀬シリーズ」の第一作となった。

どんな話なのか気になっていたのと、軽やかに読める本を求めていたこともあり、手に取ってみた。

物語の舞台は滋賀県大津市。主人公・成瀬あかりの中学生時代から高校時代にかけての出来事が、大津市の風景描写とともに描かれていく。

さて、その成瀬あかりという人物だが、悪く言えばいわゆる「KY」である。

空気を読まない10代女子で、学校ではどのグループにも属さず、徹底したゴーイング・マイ・ウェイの性格。だが本人はそれをまったく気にしていない。周囲からからかわれようが、馬鹿にされようが、意に介する様子はない。

そして何より特徴的なのは、「やりたい」と思ったことを、周囲の評価に関係なく実行してしまう点である。

それがどれほど馬鹿らしく見えても、些細でも、無理そうでも関係ない。

例えば――

・閉店が決まった大津西武百貨店に、夏休みの間毎日通い続ける

・M-1グランプリに出場してみる

・高校入学前に坊主頭にし、3年間でどこまで髪が伸びるかを検証する

どれも「意味があるのか?」と思ってしまうような行動だが、成瀬は一切の迷いなくやってのける。

くすっと笑えて、驚くほど読みやすい

読んでいると、思わずくすっと笑ってしまう場面が随所にあり、気づけばニヤニヤしながらページをめくっている。

感覚としては、小説というよりも、よくできたブログを読んでいるような軽やかさがある。文章は平易で、テンポもよく、さらりと読めてしまう。

扱われている話題は、あくまで滋賀県大津市という極めてローカルなものだ。

正直、「これは大津市のPR本なのでは?」と思ってしまうほど、地元ネタがふんだんに盛り込まれている。

私自身、かつて京都に住んでいたことがあり、大津にも足を運んだことがあるため、どこか親近感を覚えた。さらに、成瀬が通う膳所高校を実際に卒業した友人も何人かいるので、個人的な興味も湧いた。

とはいえ、ここまでローカル色の強い作品が、なぜこれほど多くの人に読まれ、ベストセラーになったのか。

その点について自分なりに考えてみた。

もし成瀬あかりが、同じ中学や高校に実在していたら、正直なところ、かなり厄介な存在だと思う。

空気は読めないが成績は優秀。多少はぶられてもまったく動じない。

下手に嫌味を言えば、正論で切り返されそうだ。

いわば「目の上のたんこぶ」のような存在である。

しかし一方で、悩みがなさそうで、やりたいことをとことんやり、結果も出してしまう彼女に、どこか憧れを抱いてしまうのも事実だ。

この作品がなぜここまで支持されているのかを考えると、そこには

「こんなふうに生きられたらいいのに」

という憧れがあるのではないかと思う。

フィクションの主人公というのは、多くの場合、現実にはなかなか存在しない人物で、他の人が持たない能力を駆使して問題を解決してしまう。

例えば、半沢直樹、ミステリードラマの刑事や探偵、極端に言えばウルトラマンや戦隊ヒーローと同じ構造である。

現実世界で言えば、自分のやりたいことをとこてん突き詰めて、成果を出して、世界に認められる存在となった大谷翔平やイチローのような存在かもしれない。

成瀬あかりもまた、その系譜に連なる「ヒーロー」なのだ。

世の中にはいそうでいない性格を持ち、自分なりの方法で、自分の中のモヤモヤを解消していく。

常に周囲の目を気にし、環境と折り合いをつけながら生きている私たちにとって、

「私もこんなふうに生きてみたい」

と思わせる存在なのだろう。

そう考えると、この本のヒットは、日本社会の息苦しさや閉塞感を、ある意味で映し出しているのかもしれない。

では、この作品は海外、特にアメリカでも同じように受け入れられるのだろうか。

そこは、少し気になるところであるが、人間関係に不器用な女性が自分のやり方で問題を解決していく物語は、アメリカやイギリスでヒットしたドラマや映画にもたくさんあるシチュエーションなので、もしかしたら受け入れられるのかもしれない。

そう考えると、生きづらい世の中は日本だけではなく、そこをどう生きていくのかは世界共通のテーマなのかもしれない。